正確な「ファクト=事実」の確定からすべては始まる(企業・組織の危機管理と広報3)

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突然襲いかかってくるクライシスに立ち向かうとき、まず「何が起こったのか」を知り、「何が問題なのか」を考えていくことになります。当たり前すぎる、と思われる人が多いかもしれませんが、「何が起こったのか」というファクトを確定することはそれほど簡単なことではありません。目撃情報が必ずしも正しくないことは実感されたことがあるかもしれませんし、当事者ですら正確に把握できていないことも起こります。さらに、保身や利害といったさまざまな思惑からバイアスの掛かった情報が発信されることも経験則的に知られているところです。

こうした虚実ない交ぜになる情報の中から正しいファクト=事実を確定し、それをつなぎ合わせてクライシスの全容を掴み、その上でベストの対策を考えていくのが危機管理担当者の仕事になります。ここまでは総論。あまり役に立たないのでこの虚実の見極め方を考えてみます。それが今回のポイントです。

具体的にお話しします。新型コロナワクチンを巡ってさまざまなフェイク情報が流れました。河野担当大臣は「フェイクは一つ一つ潰していく」と発言し、幾つかのメディアサイトは「ファクトチェック」を行い、検証結果を発表しています。ネット上に流れた嘘情報にはネット社会特有の匿名発信者の社会混乱などの狙いがあったのかもしれませんが、初歩的な翻訳間違いによる危険情報もありました。少し調べれば分かるのですが、それをせずに盲目的に信じてしまった人がたくさん出たのです。

虚実を見極めるためには、「常識的な疑問」が有効に作用することがあります。虚の話は大体が面白いです。「へーっ、すごいね」「ホント!」といいたくなるような話ばかりです。陰謀論を見ていると、まさにそう感じますが、「事実は小説より奇なり」ということもないわけではありませんので、個別個別に検証することが必要になります。

最近、違和感を持った事例では、東芝の株主総会を巡ってシンガポールの投資ファンド「エフェッシモ」側が請求して作成された調査報告書がありました。

何に違和感を持ったのかというと、調査報告書61ページ欄外の「注41」の記載でした。そこでは「…その後、7月27日朝に、車谷氏の部下であるK氏が菅官房長官の朝食会に出席し、持参した資料に基づき菅官房長官に説明し、菅官房長官から『強引にやれば外為で捕まえられるだろ?』などとコメントされていたことからすれば、…」(一部仮名化)と記載されています。ヒヤリングに言質を取らせない車谷氏に関しては「推認」と書きながら、ここは断定です。とするならば、動かないエビデンスがあるはずですがそれが示されていません。

流れを決めた官房長官の発言をファクトとして書きながら何故エビデンスを示していないのだろうか、というのが違和感でした。刑事裁判でも事実の確定には厳格な証拠が求められます。車谷氏がはっきりと話さなかったと推認できる以上、K氏がこのように聞いたと認め、菅官房長官が発言を認めたのでしょうか。朝食会の状況は分かりませんので、発言を聞いていた部外者がいたかもしれませんが、多くの場合この2人しか知らない事実ではないかと思います。朝日社説では「発言があったという東芝側の記録」が根拠のように書いていますが、その記録が明示されていません。もし東芝の記録が公知の事実化していたのなら、菅発言に驚く人はいなかったでしょう。

菅発言に「本当?」と驚きませんでしたか? この問題で取材をしたわけではありませんので事実は知りません。しかし「事実は小説より奇なり」かもしれないですが、具体的な発言はキモになるキーワード。印象操作には必須の小道具です。それだけにファクト=事実の証明が厳格に行われなければならないのです。

報告書は、時系列の構成といい、どうもメールが重用されたのではないかと感じました。確かにデジタルフォレンジックは大事な資料ですが、ファクトの確定には補強する証言や物証が必要です。多数の弁護士が関わっていることで真実性が高まるわけではありません。合理的なエビデンスが示されているかがすべてです。同じテーマで東芝の監査委員会が依頼した報告書も公開され、読み比べると面白くはありますが、虚実を判断しているわけではありません。

ソース1

https://www.toshiba.co.jp/about/ir/jp/news/20210610_1.pdf

ソース2

https://www.toshiba.co.jp/about/ir/jp/news/20210621_1.pdf

今回は前置きが長くなりました。実際に調べた事例を紹介します。それはチラチラと取り上げられている「中国の情報機関のナンバー2の亡命」というきな臭い事案です。

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